北の湿原

森林を歩いて、樹木やいきものたちの営みによって育まれてきた肥沃な大地の持つ命の輝きの姿を追いかけ、株や樹木を通して描いてきました。

コロナ禍に、川筋をたどりながら旅する個展をしました。森を飛び出して出会う自然はまだ知らない世界がはてしなくありました。

森林から生まれた一滴の水が川となり注がれる中流域には、かつて多くの湿地帯がありました。人間の開拓の歴史は森林や湿地と戦うことで生き延びてきた歴史でありそのお陰で現在の豊かな暮らしがあるわけですが、それは多くの生き物の命の犠牲によってあるのです。

石狩川や千歳川、夕張川の川沿いにかつてあった巨大な湿原の千分の1の面積でかろうじて残った湿地を訪ねる機会があり、そこで出会った微細な生き物たちの輝き。湿原の大地は森と違い、微生物で分解されることなく泥炭となり、そのまま冷蔵庫のように過去が保存されているという驚き。太古より森から湿原へ小さな命を育ててきた水が語る物語に耳をすましていきたいと思うのです。

科学の恩恵によって得たものの影には、失ってもう取り戻せない自然の小さな命たちの姿があり、その姿を心で見届け「描く」というメディアで遺すことで伝えられるものがあるのかもしれないと、微力ながら感じております。